第1回:教育を深く理解するための読書会
教育事象を深く分析するために
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[主題]
他者
[課題文献]
田中智志,2002,「喪われる権威——なぜ教育は難しいのか」『他者の喪失から感受へ——近代の教育装置を超えて』第一章,勁草書房.
※元になった論文は、以下のリンクから無料で読むことができます。
https://doi.org/10.11399/kyouikutetsugaku1959.1997.11
[ひとこと]
1998年4月2日(木)の、NHK『クローズアップ現代』で、「学級崩壊 小学校で授業ができない」が放送されました。中学・高校の印象があった「学級崩壊」が小学校で起こっているという事実は「まさか」の「信じがたい事態」と思われたことでしょう。
しかし、その「まさか」の裏側にあるのは、〈子どもは○○である〉のような——ときにベテランの教師が嬉々として語り、ときに教育評論家が嘆きとともに主張する——子ども理解の自明性だったように思われます。また、その驚きの裏には、〈これまでは分かっていたはずの子どもが、分からなくなった〉という意識が透けてみえます。
番組の放送から25年ほど経ったいま、学校教育は子ども理解を徹底する方に、ますます突き進んでいるようにみえます。しかし、学級崩壊が突きつけてきたのは、むしろ〈われわれは子どもを理解していたのか〉、あるいは〈子どもは理解可能な存在なのか〉、さらには〈子どもを理解可能に思わせていた教育装置とは何だったのか〉といった問いだったのではないでしょうか。
主題「他者」の第一回では、以上のような問題関心に基づいて、とくに第三の問いに焦点を合わせます。そこでは、教師の権威の喪失が、社会的な文脈とともに明らかにされるでしょう。教師という存在が、どのような構造によって支えられていたのか、ひとりの教員として向き合う機会にしたいと思います。
他者
[課題文献]
田中智志,2002,「喪われる権威——なぜ教育は難しいのか」『他者の喪失から感受へ——近代の教育装置を超えて』第一章,勁草書房.
※元になった論文は、以下のリンクから無料で読むことができます。
https://doi.org/10.11399/kyouikutetsugaku1959.1997.11
[ひとこと]
1998年4月2日(木)の、NHK『クローズアップ現代』で、「学級崩壊 小学校で授業ができない」が放送されました。中学・高校の印象があった「学級崩壊」が小学校で起こっているという事実は「まさか」の「信じがたい事態」と思われたことでしょう。
しかし、その「まさか」の裏側にあるのは、〈子どもは○○である〉のような——ときにベテランの教師が嬉々として語り、ときに教育評論家が嘆きとともに主張する——子ども理解の自明性だったように思われます。また、その驚きの裏には、〈これまでは分かっていたはずの子どもが、分からなくなった〉という意識が透けてみえます。
番組の放送から25年ほど経ったいま、学校教育は子ども理解を徹底する方に、ますます突き進んでいるようにみえます。しかし、学級崩壊が突きつけてきたのは、むしろ〈われわれは子どもを理解していたのか〉、あるいは〈子どもは理解可能な存在なのか〉、さらには〈子どもを理解可能に思わせていた教育装置とは何だったのか〉といった問いだったのではないでしょうか。
主題「他者」の第一回では、以上のような問題関心に基づいて、とくに第三の問いに焦点を合わせます。そこでは、教師の権威の喪失が、社会的な文脈とともに明らかにされるでしょう。教師という存在が、どのような構造によって支えられていたのか、ひとりの教員として向き合う機会にしたいと思います。
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