【シネマ哲学カフェ】「ゴジラ」リアル路線の系譜|「シン・ゴジラ」「ゴジラ」(1984年版)から見る戦後社会・国家・政治

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今回の哲学カフェは、特撮怪獣映画「ゴジラ」シリーズから、リアル路線を目指した「ゴジラ」(1984年版/橋本幸治監督)と「シン・ゴジラ」(2016年/庵野秀明監督)の2作品をテーマに開催します。
両作品は、怪獣映画に「政治」を持ち込むという実験的な、意欲作でした。

しかし、「ゴジラ1984年版」は、子ども向け路線のシリーズを一新しようとし、日本政府の動きや米ソ冷戦をストーリーに盛り込むなど、実験的な野心作でしたが、評価は分かれました。

その32年後に公開された「シン・ゴジラ」は空前の大ヒットとなり、社会現象にもなりました。

両作の明暗を分けたものは何だったのでしょうか。

何が同じで、何が違ったのでしょうか。

ゴジラにリアリティを持ち込む意義は?

戦後社会にとってのゴジラとはなんだったのか

さまざまな論点が浮かんでくるでしょう。

また、忘れてはならないのが、最新作「ゴジラ-0.0」(ゴジラ マイナスゼロ)が、間もなく2026年11月に公開されるという点です。

この作品は、2023年の映画「ゴジラ-1.0」(山崎貴 監督)の続篇です。

「ゴジラ-1.0」(2023年)では、「国家なきゴジラ」を前面に押し出し、政治・国家を可能な限り後景化した作風で、「シン・ゴジラ」とは対極の世界観を展開しました。

近年のゴジラは、一方に「シン・ゴジラ」の国家・政治を前面に出したリアル路線があり、他方に「ゴジラ-1.0」のように国家を後景化した作品があります。

そして、その対照的な二作品がともに大きな支持を得ました。

同じ「ゴジラ」という災厄を描きながら、なぜ一方では国家が前面に現れ、もう一方では国家が後景へ退くのでしょうか。

そこには、それぞれの時代における「国家」への期待や不信も映し出されているのかもしれません。

今回は、1984年版と「シン・ゴジラ」を中心に、この二作品の比較、さらに「ゴジラ-1.0」まで視野に入れながら、ゴジラと国家・政治の関係について考えていきます。

イベント情報

開催日時
2026/10/10(土) 15:10~16:45
開催場所
東日本橋(東京中央区)の会議室(公共施設内)
主催者の性別
男性
主催者の年代
40代

主催グループ

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